オレは、首を横に振った。

「天上院さんの言う通り、そうやって思い出を塗り替えていけたら良いと思います。けど今は、カイザーの事を思い出すのは辛過ぎるんです」

天上院は黙っている。

「一晩泣くだけ泣いて、忘れられる生き物だったら良かったのに」

そう言っている間にも、知らず知らず涙が込み上げてしまう。
こんな初対面同然の男の前で泣く訳にはいかないと、そう思えばそう思う程・・・。
上を向いて零れ落ちそうな涙を堪えていると、不意に強く抱き締められた。

「あっ・・・」

オレは突然の事に驚き、目を見開いた拍子に溜めていた涙を零してしまった。

「天上院・・・さん・・・」

天上院の体からは微かにタバコの香りがして・・・。
その香りを嗅いでいると、自分以外の誰かが確かにここにいるのだと感じる事が出来た。

「確かに、泣いたって忘れられないよね」

静かな言葉に、オレはハッと顔を上げて天上院を見た。
天上院の目が、どこか遠くを見るように沈んでいる。
そうだ。
カイザーを殺した犯人でなければ、コイツだって悲しい筈なんだ・・・。
そんな当たり前の事に気が付かなかった。

「傷を舐め合ったってしょうがないけどさ、独りでいるのは・・・もっと良くない」
「天上院さん・・・」

何も言えずにただ黙って見つめていると、天上院は照れ隠しのように言った。

「ま、こんな状態で言っても説得力ないけどね。十代くんは亮のモノなのにさ」
「えっ?」
「分かってはいるんだけど、何て言うか、その・・・十代くんが予想外に可愛い子だったから」
「か・・・可愛いって・・・」

何でコイツは、ことごとくカイザーと同じ事を言うんだ。
オレが真っ赤になっていると、天上院は、ばつが悪そうに笑ってオレから離れようとした。

「ちょっと・・・僕、トイレに行くね」
「は?」

オレが拍子抜けして尋ねると、天上院はへらっと笑って頭を掻いた。

「えっと、その、ね。あの・・・男の事情というのがありまして・・・」





こうまで言われればさすがに何の事か分かってしまう。
天上院は笑みを浮かべつつも若干焦った顔で下半身を手で押さえている。

「な、何考えて・・・」

オレはますます赤くなり、天上院の下半身から、目を逸らした。

「そーだよね、はは・・・」

天上院は乾いた笑い声を上げ、立ち去ろうとする・・・。

「・・・よ」
「え?」
「いい・・・よ。別に・・・オレは」

天上院が呆然としている。
オレは自分で口にした後から我に返ったが、気付いた時には既に遅かった。

「言っておくけど、取り消しは聞かないよ」


えっ!


そう言いながら迫ってきた天上院は、珍しく真剣な顔をしていた。

「僕は友情には厚いけど、お人好しじゃない。キミが『いい』と言った以上、やりたい事をヤる」
「天上い・・・」

抵抗しようとしたオレの唇は、天上院の唇で見事に塞がれてしまった。

「ん・・・んんっ・・・」

深く口付けられ、天上院がさっきまで吸っていたタバコの味が舌先に伝わる。
苦い・・・。
けど、そんな感覚さえも頭の芯を甘く痺れさせていった。

「本当に可愛いなぁ、十代くん」

感心したように、天上院がしみじみと呟く。
ますます強く抱き締められて、心臓の鼓動が跳ね上がった。
服の上からでは細腕にしか見えなかったが、触れ合ってみて分かる逞しい腕・・・。
そんなところも、どことなくカイザーを思い起こさせる。
オレはカイザーと、この人を重ねている。
カイザー・・・。
一瞬、罪悪感が過ぎった・・・。
しかし、いつの間にか服が脱がされて胸の突起を唇に含まれた瞬間、ふと過ぎった罪悪感は快感とごちゃ混ぜになって溶けてしまった。

「ひぅっ!!」

軽く歯まで立てられて、体がピクリと痙攣してしまう。

「感じているのかい?」

天上院が胸の上でクスクスと笑う。

「そ、そんなんじゃ・・・あっ!」

意地を張って否定しようとすると、不意に秘所に指を這わされた。

「そうかな?正直に言いなよ。ここ、大変な事になってるけど」

天上院の言う通り、そこは下着を濡らす程、熱く潤み始めていた。

「意地悪な事・・・言うなっ・・・」
「意地悪だも〜ん」

そんな事を言いながら、天上院が楽しそうにオレのズボンを剥いでいく。
ささやかな抵抗を示した俺の脚が山積みになっていたフィギュアのカタログに当たり、雑誌の山がドサドサと崩れ落ちる。

「あ〜あ、こんな狭い店内じゃ不自由でしょうがないなぁ。こっち来て」

天上院は、裸に剥いたオレを強引に抱き上げると、ベッドのある部屋の方に連れて行こうとした。
が、部屋に入ってベッドを見ると、雑誌や脱ぎ散らかした服が散らばっていて、大の大人二人が乗れるようなスペースはない。

「うぅあ〜・・・ごめん、十代くん。ベッドの端に手をついてくれない?立ったままヤるから」
「え!?」
「省スペースって事で。ほら、あっち向いて?ね?」
「い、いやだ・・・そんな体勢でなんて・・・」

後ろからで、しかも立ったままなんて・・・信じられない。
拒もうとしたが、ガッチリと腰を押さえつけられて動く事が出来なかった。
おまけに電気まで消され、部屋の中は真っ暗になってしまう・・・。
その瞬間、尻にヒヤリと冷たい液体みたいなものが掛かる感触があった。

「ひっ!な、何・・・?」
「あ、ローション掛かっちゃった?ごめんね。店の在庫にあるヤツなんだけどね、アレに掛けたら結構スムーズに内に入るんだ」

暗闇の中でも、天上院が楽しそうに笑っているのが分かる。
ローションで濡れた指がオレの秘所に躊躇いもなく入ってきた。

「あぅ・・・っ」

カイザーの時と比べたらまだ痛みというか違和感はマシな方なのだが、それよりも冷たい指の感触が気持ち悪い。 だが冷たさは徐々に消えて気持ち悪さはなくなり、オレに快感を与え始めた。

「ここもね、こうすると一味違うんだよ」

天上院はそう言って、ローションのボトルをオレの胸の上で逆さにする。

「あっ!・・・く・・・」

冷たくてぬるぬるした液体がボトボトと落ちてきて心臓が跳ねた。
そのまま天上院はオレの乳房を揉みしだく。
ぬるぬると滑る手には想像以上の加速がつき、新たな快感をオレは感じ始めていた。
・・・頭が・・・おかしくなってしまいそうだ。
もうイきそう・・・。
けれど、これだけでは物足りない・・・。

「天上院・・・オレ・・・」

縋るように見上げると、天上院が耳元に囁いてきた。

「足りないんでしょ?分かってるよ。僕の指、すごく締め付けてくるもんね・・・」
「あ・・・」

見透かされていた事が恥ずかしくて、オレは思わず下を向いた。

「ていうか、僕の方が限界だなぁ・・・」

そんな言葉と共に指が引き抜かれ、同時に秘所を思いっきり貫かれていた。

「ん!ああっ・・・」

苦しかったのは、ほんの一瞬で、ローションのぬめりを借りた天上院のモノはいとも簡単に子宮の奥まで到達した。

「すごく、いい・・・」

背後で忙しなく動く天上院の息も荒い。
天上院が少し力を入れるとモノが体の最奥まで届き、内臓まで抉られるような強い快感が走る。
押し寄せる快感に、何も考えられない。
オレが欲しかったのは、思い出話でも、カイザーの代わりでもなく・・・こうして何も考えずにいられる境地だったのかも知れない。
オレはズルイだろうか?
天上院がオレを悪からず思っていると知って、自分から誘った・・・。

「十代くん・・・」

ふと、天上院が声を漏らす。
オレが苦い表情をしているからか、オレを呼ぶ天上院の声が苦しげだった。

「気にしなくていい・・・。今は、僕に集中して・・・」

その言葉にオレは黙ってこくりと頷いた。

「ん・・・っ!いい子だね・・・」
「ああっ!!」

激しく追い立てられ、頭の中が真っ白になる。
全ての躊躇いを掻き消すように、体の中を熱いものが満たしていく・・・。
オレはぐったりと背中を天上院に預け、目を閉じた。

「今は誰かの代わりでもいい。キミの寂しさを埋めるだけの存在でも・・・」

・・・霞んだ意識の向こうで、静かな声が聞こえる。

「ゆっくりと僕の方を見てくれれば・・・それでいい」

心地よく響くその声に、オレは微かに頷いた。














翌々日の夜。
きちんと片付けたベッドに横たわって、オレは掛け時計を眺めていた。
本当なら、デイビットの依頼で不動に銃口を向けている筈の時間・・・。
だがオレは、自分の意思でここに残る事を選んだ。
天上院の事を・・・暗闇で膝を抱えていたオレに手を差し伸べてくれた人を、信じたいと思ったから・・・。
不意に、部屋のドアが開く。

「ああ、十代くん。居たんだね・・・良かった」

まだエプロンをしたままの天上院が、オレを心配して様子を見に来た。

「『キミはやらないよ』って、自分で言ったくせに」
「いや〜、いざとなると心配になっちゃってさ。土壇場で気が変わって、サイレンサーもなしに飛び出してしまうんじゃないかって」
「大丈夫だっての。早く店に戻れよ」

オレが呆れて言うと、天上院は一つ安堵のため息を吐き・・・不意に真剣な口調になって言った。

「ラブソフトの秘密を知ったとなれば、それなりの皺寄せがくるだろう。ここも、早く引っ越さないとね」
「あぁ・・・」

オレが表情を引き締めて答えると、天上院がエプロンのポケットから何かを取り出した。

「引越祝いは、もう一歩進んだおもちゃでやる?」
「え?」

天上院の手には、おどろおどろしい形のバイブレーター・・・。
また店の在庫から持ちだしたものだろう。

「冗談!!とっとと棚に戻してくれ!!」
「はははっ」

耳まで真っ赤になって抗議すると、天上院は楽しそうに笑って階段を下りて行った。
まったく、黙っていればイケメンなのに、それを台無しにするようなふざけた真似が好きなんだから・・・。




窓枠の端に浮かぶ月が、夜を明るく照らしていた。